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ラブレターの行方

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遠くの人へ気持ちを伝える手段が手紙しか無い時代というのはたしかにあったのだなあ、などとあほらしいことを本気で思いました。

何度も推敲して、翌朝また読み直したら出す勇気さえなくなってしまう、なんて容易に想像できます。そうやって相手に読まれることのなかった手紙がたくさんあったんだろうなあ。

ポストに出したとしても、それがきちんと相手の手に渡るとは限りません。今でもそうだけれど。わたしもシカゴ市内で引っ越したとき、前のアパートに届いたハガキが、転送されずに送り返されてしまったことがあります。国際郵便のハガキは、返送されるとそのまま処分されてしまうようです。受け取るはずだったメッセージはわたしまで届かず、それはそれは哀しくなった。

内容だけでなく、便箋や切手、書いた人の字など、一つ一つが個性の塊である手紙は、愛おしく、誰かの宝物にさえなれるものだと思うのです。

芥川龍之介や、志賀直哉の手紙も載っている「お手紙ハンドブック」という本、おすすめです。

もう一つの 魔女の宅急便

もう一つの 魔女の宅急便

アメリカ横断、順調です!ブログ全然更新できていませんが、すでにシカゴまで到達しました!シカゴには2泊の予定で余裕があるので、今晩はホテルでゆっくり映画鑑賞会です。

わたしもしばらく見てなくて、ドライバーは見たことないという魔女の宅急便をみました。お疲れのドライバーは終始爆睡してましたが。

小さい時に見て以来何年ぶりかの魔女の宅急便。物心ついてから(?)は初めてかもしれない。少なくともいろいろ考えながら見たのは初めてです。それぞれの配達のエピソードは覚えていましたが、一言一言が身に沁みると感じたことはこれまでなかったなあ。

魔女の修行のために一人で知らない街に住み始めるキキが、留学でフィンランドに住み始めた1年前の自分の姿に重なって懐かしくなったり。不安になったり落ち込んだりもしたけど、結局は帰りたいと思うほど町も好きになった。住めば都とはよく言ったもので、ニューヨークもシカゴも最後には離れ難く感じたものです。

昨晩シカゴに帰ってきたので、インターンのために引っ越してきたときのことを少し考えてました。ニューヨークに比べたら落ち着いた街だけど、都会に迷い込んだ部外者には冷たく感じられたものでした。空港で食べたアイスにあたってげろげろの私に声もかけてくれないなんてアメリカ人は冷たいもんだ、などと思っていたっけ。今じゃそんなこと思わないけどね。シカゴの人たちは本当は暖かいんです。親切な人たちにたくさん出会ってわかりました。

新しいまちに住むのは大変なことも多いけど、人との出会いが踏ん張る勇気をくれます。そうやって少し踏ん張ってみるといつのまにかそのまちが好きになる。1年間に4つの住所に住んだ今年はそれを身を持って知りました。

自分で住む町を探し、暮らすキキの姿は新しい生活を始める人に勇気をくれます。これから留学する人、新生活を始める人には今一度観てみてください。子どもの頃に見たことがあっても、今だからこそ響いてくるものがあるかもしれません。日本のアニメは子どもだけのものじゃないね。

そろそろ寝ます。明日はインターン先に顔出して、次の街へと向かいます。横断の様子もぼちぼち書きますね。もいもい。

3ヶ月のインターンを終えて。

3ヶ月のインターンを終えて。

インターンを始めて3ヶ月。大量の日本語への翻訳からスタートし、アプリのアップデートをローンチする時期を挟んで携われて本当によかった。実体のないものを売るビジネス(インターン先はアプリ制作会社。)を中から見ることができて、そのメリットや大変な部分が見えた。

後半は日本語だけでなく英語でのメール対応も任され、英語でも何百件もメールのやり取りをした。最初はそもそもなんで問い合わせて来てるのかさえわからないメールもたくさんで苦労したけれど。どうしてあんなスペルミスが多いのかも理解し難いし、案外文法なんて無視したメールが沢山。アメリカと日本のメールの常識の違いもはっきり見えた。

でもわからないことがあればスーパーバイザーがいつも助けてくれたし、社長もよく部下の働きをねぎらってくれる良い会社だった。スタッフもみんなフレンドリーで、ザ・アメリカのITベンチャー起業。

あっという間の3ヶ月、ギュッと濃い3ヶ月だった。

さて、昨日は最後の最後にプレゼンをさせていただいて、とうとうインターンもおわりなんだなあ、という実感がわいたのでこんな記事を書いている。

朝から何時間もスカイプで忙しそうに何か話していた社長も、1人スタッフがお休みのためメール対応に忙しいみんなも時間をとってあつまってくれて。

このプレゼンは3ヶ月のインターンの合間に他の日本人学生たちと一緒にやってきた震災復興と東北の現状についてのもの。いつもは女の子6人でそれぞれのパートを担当している。わたしがいつも話すのは自分の経験、震災から学んだことのパート。今回は他メンバーは他州に出張プレゼンのため、わたしは一人で自分のインターン先に発表することになった。

一人でのプレゼンは実はシカゴでは最初で最後。結構緊張したけれど、もう何度も沢山の人の前で発表して来て、大分度胸はついたと思う。最初こそ原稿など準備していたものの、やっぱり原稿を読み上げるよりも自分の生のことばで伝えるのが一番だと途中で気づいた。今日なんて英語で自分のことばでプレゼンしながらアドリブで一言増やしたりできたんだから、我ながら成長したんじゃないかな。なーんて。相変わらず感極まって目から水が流れたりするのでだめです。

それでも伝えたかったことは伝わったと思う。アメリカの人たちは本当に同じ気持ちになりながら聴いてくれる。それはもう大げさなんじゃないか、ってくらい感情的になりながら。だからあまり辛い感情を伝えるのはこちらも辛い。できるだけハッピーな形で締めくくるようにしているのだけど、なかなか難しい。

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笑顔で終れるように、最後のありがとうと一緒に折り紙のバラをプレゼントした。会社のメールで使っているテーマカラーに合わせて。喜んでもらえたようでよかった。

終ってからマネジャーに、もっと早くにプレゼンさせてあげれればよかったね、と言われた。こんな大変なことを経験してきたなんて知らなかった、と。スーパーバイザーは最後で良かったという。一緒に働いてから聴いた話だからこそ感情的になって聴けたから。

わたしはというと、インターンとして受け入れてくれたことへの感謝を全員に伝えることができたので、最後で良かったかなと思う。どんな経験をしてきたかという点では、自己紹介としても良かったのかもしれないけれど、何も知らないまっさらなところから始まった人間関係の方がフェアな気がする。震災の話をするのは別にかわいそうだと思ってほしいわけではないし、何の言い訳にもならない。ただ、自分のことを知ってもらった頃に追加情報として頭の隅に入れておいてもらえば、わたしの言動を理解するのに役立ったりするのかもしれない。前も同じようなことを書いたけど、東日本大震災が日本人の、少なくともわたしの考え方に影響を与えたことは確かだから。そう言う意味では最初にしても最後にしてもこのプレゼンを職場でできたこと自体が良かった。感謝感謝。

とにかく、アメリカで3ヶ月間働けたこと、沢山の人の前でお話しさせていただいたこと、全てが本当に貴重で意味のある経験だった。何よりも自信につながった。将来のことはまだ悩んでいるけど、悩むための材料が増えた。頼れる人生の先輩方にも出会えた。シカゴからは明日引っ越すけれど、一生おつきあいしたい人たち。ロードトリップでもオフィスに立ち寄るつもり。

あとは、アメリカでもらった沢山のあたたかいメッセージを東北の人たちに持って帰るのがわたしたちの役目。メッセージと写真を電子書籍にまとめるプロジェクトも進行中。既に他のメンバーとの日本での活動やリユニオンも決まっているし、みんなに出会ったことで受けた刺激を忘れずに活動していきたいと思う。

以上、この3ヶ月のまとめでした。では、ロードトリップ行って参ります!