私とは何か「個人」から「分人」へ

私とは何か「個人」から「分人」へ

小説家の平野啓一郎さんの、私とは何か「個人」から「分人」へ を読んだ。

「個人」はもうそれ以上分けられない(individual)存在として扱われてきたが、実はコミュニケーションする相手によって、自分の中に複数の「分人」がいるのではないか、という考え方。
コミュニティごとに異なったキャラクターの自分がいるけれど、そのどれか一つが「本物」で、それ以外は「偽物」なのか。演じているだけなのか。もし演じているだけなら、演じている者同士のコミュニケーションばかりだなんて、悲しいじゃないか。

この感覚はとても共感できた。「本当の自分」などどこにもいなくて、たくさんの「分人」が集まって自分を構成している。

わたしは、小学生の時から教室内の複数のグループをふらふらし、高校でも部活・サークルをたくさん兼部してきた。習い事もしていた。両親の仲の良い大人に混じって遊ぶこともあった。比較的多くのコミュニティに属しながら、それぞれの場所での立ち振る舞い方を無意識に使い分けてきていたように思う。あくまで無意識に。

大切なものが多すぎて、一つにはしぼれず、結局確固とした自分はどこにもいないような気持ちがずっとあった。でもそれも、そのどれかが本当の自分のはず、と思うから悩むのであって、顔を使い分けるというよりも、分人の集合で自分が成り立っていると考えれば自然なことな気がしてくる。

本の中では、恋愛とはなにか、とか、自分を傷つけてしまう人の心理とか、いろんな視点から自分と他人と分人についての考察が描かれている。こんなのでいいのかな、と世の中の人たちがもやもやとしていることを言葉にして、共通言語を作ってくれるような本。インターネット・ソーシャルメディアが現れたことによる変化についても触れているので、インターネットにかかわる仕事をしている人には特におすすめ。

読んだ後に残った疑問としては、分人はどこまで細かく分かれられるのか、ということ。最近、久しぶりにあった人に、これまでどのように接していたのかを自動的に思い出せないことがある。継続的に接している人とは、日々分人が更新されていって、次に会ったときに自動的にそれが呼び起こされるということだったが、最近どうもそれがうまく働かないな、というときがある。分人、分けすぎたのかな。

特にややこしいのは、一緒に留学していた先輩。分人の分け方として、日本の社会では年長者かどうかということは大きな分かれ目になると思うが、その人たちとも、海外にいると敬語を意識せずに、英語で話している。日本語に戻ったときに、タメ語でいいよ、という先輩も多い。それでもう、めちゃくちゃである。この人とは敬語で話してたっけ。タメ語だっけ。なんと読んでたっけ。ちゃん付け?結果、微妙なときは敬語とタメ語の中間を使うという荒技にでることも。やっぱり、人間が記憶できる人の数とか、仲良くできる数とか、限界があるのだろうか。

あと、もう一つの気づきは、自分が「先生」と呼ばれる人と仲良くなるのが苦手なわけ。人はお互いにお互い向けの分人をもっているわけだが、わたしは先生と接するとき、どうしてもクラスの中の1生徒という枠を超えられなかった。先生は生徒に対して、「生徒」の1つの分人で接していて、わたしも先生に対して「先生」に向けたざっくりとした分人で接していた。お互いに、それ以上、分人が細かく分化されていくことがなかった。分人は他者との関係性の中でつくられるので、これは半分先生のせい、半分わたしのせいである。どちらが先か、と考えるとまたややこしいが、そういうことだったんだな、と納得がいった。

本を読んでいない方には、はて?ということばかり書いてしまったかもしれない。すみません。
人付き合いに悩んでる人、自分探し中の人、インターネットに関わる仕事の人などなど、良かったら読んでみてください。

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